教員へのインタビューデータを見る、触ることから始め、 読み解く手法まで身につく 「経済データ分析入門」

関西学院大学経済学部准教授 村上 佳世

2011年3年京都大学大学院 経済学研究科博士後期課程 修了。
博士(経済学)。
2023年4月より現職。
専門はミクロ経済政策、環境経済学、法と経済学。
「最初の授業で言うんです。『とにかく皆さん、パソコンに慣れましょう、データに慣れましょう』って」
そう語るのは、経済学部の村上佳世先生。
「課題解決型データ分析プログラム」の1年目に履修する
「経済データ分析入門」について、
実際の授業の雰囲気や、具体的に学ぶ内容をお聞きしました。

「グラフが作れた!」よりも大切なのは仮説検証

「経済データ分析入門」は、希望者だけが受講する選択科目なのでしょうか?
いえ、選択科目ではありません。「履修必修」といって、1年次の春学期で全員が履修する科目になります。
なぜなら、経済学においてデータ分析は欠かすことのできないスキルだからです。
ひとまず全員が同じように学んで、ある程度のスキルを身につけてもらい、もっと学びたい! という人は2年目以降のプログラムに進みます。
ちなみに1年目で「経済データ分析入門」の単位を落としても卒業はできますが、再履修することはできません。
受講するのは、ついこの間まで高校生だった学生ですよね。最初はどんなことから取り組むのですか?
「経済データ分析入門」は半期開講で全14回なのですが、最初はとにかく、いろんなデータに触れることから始めます。
「e-Stat(イー・スタット)」というWebサイトがあります。そこでは政府が統計をとった多種多様なデータが公開されています。誰でも自由にアクセスできる、オープンデータの宝庫です。
このe-Statを使い、まずはデータに「慣れる」。社会や人間行動のさまざまな情報が、数値の羅列としてどのように並んでいるのか。データを見て、自分で触ってみることで、データ分析とはどういうことか、分析するのに必要な概念とは何かを体感してもらいます。
常にパソコンを使って…ということですよね。
そうです。入学時に、各自で購入してもらうパソコンを使います。この授業では1クラス70人程度なのですが、先に私たち教員がみんなの前で、こんなふうにやるんですよとデモンストレーションします。
たとえば、e-Statの中にある日本の人口データの数値を材料として、簡単に人口ピラミッドや折れ線グラフを作成することができます。
今の学生たちはスマートフォン世代なので、パソコンのキーボードを触ったことがないという人もいますが、隣同士で助け合いながらワイワイと。
自分でグラフまで作れると達成感がありそうです。
ただ、「できたような気になってしまう」ところには怖さもあるんですよ。パソコンに数字を入れたら、キレイなグラフが出てきた、よし満足!というのはすごく危険なこと。誤ったデータの使い方につながってしまいます。
そこで、データに慣れることと同時に私たちが重視しているのが、「仮説検証」の思考を身につけることです。
授業でデータを使って作業をするときには、必ず「何のためにデータを分析するのか」を意識してもらうようにしています。
たとえば、AとBの因果関係を推論したい。そのために、どんなデータを探す必要があるのか。どんなふうに分析しなければならないか。
データ分析の「目的」を明確に意識すると、自分が探したデータや、その分析方法が目的に合っているかを評価する視点が得られます。それによって、データそのものや、そこから出てきた分析結果をより深く理解することができるのです。
だから、授業中にはそのつど質問します、「何がしたい?」「どう思う?」と。よくわからないけどできた、次に進もう、ということがないように。
確かに、パソコンが使えるようになることや、グラフを作ることが目的ではありませんよね。できて満足、では意味がない。
データ分析のスキルがしっかりと身につけば、客観的に「社会の状態」を可視化することができます。そうなると、社会の制度を変えるべきか否か…といった意思決定の場面において、経験に頼った「勘」ではなく、データの分析結果という事実をもとに判断することができます。さらに、判断の根拠を説明することもできます。
なるほど。社会の状態を正しく理解して、より良い状態に変えていくために、データ分析はなくてはならないものなんですね。

データ分析をきっかけに興味を広げてほしい

データを作成したあと、それを読み解く過程ではどのようなことを学ぶのですか?
「因果関係」と「相関関係」の違いや、因果関係を検証する際に必要な「反事実」といった概念について学びます。これを知っていれば、ロジカルに物事を考えられるようになり、“次の一手”を間違えることが少なくなります。
また、半期の後半の授業では、統計分析ソフト「R」の使い方も学びます。経済学はもちろん、政治学や心理学などの幅広い分野で使われているソフトです。
実際にRを使ってデータ分析をやってみます。作図をしたり、変数をつくったり、回帰分析をしたり。エクセルと違って、Rはプログラミングの要素も入ってくるのですが、基礎的な操作はできるようになります。
そこまで実践的に学べるのですね!
これまでの「情報処理」のような授業だと、パソコンの使い方教室のようになってしまって、それが経済理論に結びついていることが伝わらないまま終わってしまう。
そこに問題意識を持ってスタートしたのが今回の「課題解決型データ分析プログラム」であり、「経済データ分析入門」だと思っています。
データ分析について、ここまで踏み込んで体系的に学べる経済学部は日本の大学の中でも数少ないと思います。
2年目以降は、どのようなプログラムに進んでいくのですか?
1年目での学びをふまえて、PBL(Project Based Learning)が始まります。
私の専門は環境経済学ですが、関西学院大学の経済学部には他にも都市経済学、行動経済学など、さまざまな専門性をもつ先生がいます。
それぞれの先生が、自分の専門性に関連した課題を準備します。学生はその課題に即したデータを集め、分析し、課題解決に向けた提案を行います。「経済データ分析入門」で身につけたチカラを、実際に社会をより良くするために活かすわけです。
PBLはよく、企業が学生に対して「ウチの製品がもっと売れるには?」といった課題を出すことが多いですよね。経済学のPBLでは、社会問題を考えることが多いのでしょうか?
企業が製品を売り出すためのPBLは、商学におけるマーケティングでもよく使われますが、経済学におけるPBLは、社会厚生の最大化を目指しています。社会全体の幸福を追求するのが経済学です。
企業の製品の売り上げが多くなることは、商学的に見るといいことかもしれない。でも経済学的に見ると、必ずしもそうではない。たとえば、その製品をつくるために多くのCO2が排出されているとしたら社会全体としてはマイナスにもなり得ます。そこが大きな違いです。
経済学におけるデータ分析の目的がよくわかりました。データ分析をきっかけとして、多くの社会問題を知ると、もっと掘り下げて学びたい分野が見つかる可能性も高そうです。
まさに、それも狙いのひとつです。多様なデータに接したり、読み解いたりすることで、その先にある「自分が学びたい応用分野」を探しやすくなるはずです。
教員も、学生が抱いた関心をさらに広げられるように、自分で深く調べる方法やコンタクトできる窓口を紹介しています。
またPBLでは、自分が興味のある専門分野をもつ先生を選ぶことができるので、本格的にゼミが始まる前の「プレゼミ」と言えるかもしれません。
関西学院大学経済学部には、トップクラスの研究をされている先生がたくさんいます。「課題解決型データ分析プログラム」が、そうした専門分野へとスムーズにつながっていく取り組みになればいいなと思っています。