教員へのインタビューエビデンスが求められる今の時代、 的確なデータ分析力は 社会を変えるチカラになる

関西学院大学経済学部准教授 黒川 博文

2017年3月大阪大学大学院 経済学研究科博士後期課程 修了。
博士(経済学)。
2023年4月より現職。
専門は行動経済学、実験経済学。
2023年4月から始動した「課題解決型データ分析プログラム」。
そこには、社会の中で「データ」が
ますます重要なものになっているという背景があります。
経済学でデータ分析を学ぶ意義と、
1年目に「経済データ分析入門」を履修する重要性について、
経済学部の黒川博文先生にお話を伺いました。

「課題解決」に不可欠な「データ分析」

“データ”というと、膨大な数字のカタマリや、グラフのようなものが思い浮かびます。
そうですね。数字だけでなく、文字や符号、画像、音声などをデータとして扱うこともありますが、数字のデータを例にとってみましょう。
そのままだと、ただの数字の羅列です。でも、平均値を計算したり、グラフにして可視化してみたりすると、そこからいろんなことが読み取れます。非常に示唆に富んだものになるのです。
最近は「ビッグデータ」もよく活用されていると聞きます。
ビッグデータに明確な定義はありませんが、文字通り巨大なデータ群です。ITの発達によって、データを蓄積することや取り出すことが容易になり、ビッグデータという概念が生まれました。
今やデータは、学問からビジネス、政策まで、あらゆる分野で活用の可能性が広がっています。
先生は、ご自分の研究でデータ分析をどのように使っているのですか。
私の専門分野は「行動経済学」といって、経済学に心理学の知見を応用した学問です。人々の心理的要因がどのような行動をもたらし、その結果、市場経済や社会全体の幸福にどういう影響を及ぼしているかを研究しています。
最近では神戸市との協働で、スマートフォンアプリを活用して健康づくりのためのウォーキングを促進する実験を行いました。市民の健康増進はどこの自治体でも共有の課題です。この実験では、「インセンティブ(報酬)を付ければ、歩数が伸びるか?」というテーマを設定しました。
歩数に応じて金銭的なインセンティブを提供するのですが、グループに応じて提供の仕方を変えました。あるグループでは、インセンティブを提供するのですが、要らなかったら辞退できるという制度にしました。別のグループではインセンティブが欲しい場合、申し込みが必要という制度にしました。
インセンティブを提供しなかったグループと比較して、歩数が伸びたのは後者のグループのみでした。ここでわかったことは、「お金の渡し方を工夫しないと、人は動かない」ということです。
お金がもらえるならみんな頑張って歩くかと思いましたが、違うんですね。意外です。
面白いでしょう。データには現実が表れるんですよ。実際に何がどうなっているのかを知ることができる。
世の中には様々な課題があり、解決策を考える必要があります。その解決策が本当に「解決」に結び付いたかを検証するためには、データ分析は必須です。
狙い通りの結果であれば、そのデータが根拠になり、有力な説得材料になるということですね。
その通りです。狙い通りの結果が出なかった場合は、「なぜこのような結果が得られたか?」を考え、新しい解決策を考える必要があります。
また、データ分析から意外な事実を発見することもあります。過去に私が行った研究では、「子どものころの夏休みの宿題を期限ギリギリで片付けていた人は、社会に出てから仕事でも残業しがち」という分析結果が出ました。
今の楽しみを優先して、面倒なことを先延ばしにする傾向は、大人になっても変わらないということですね。さらに、このタイプの人は借金しやすかったり、肥満になりやかったりするということも別の研究データからもわかっています。
宿題だけの話なら「いつもギリギリだったよ!」と笑い話で済むかもしれませんが、ワークライフバランスが問われる企業では、データを元に「どうすれば先延ばししないようになるか」を本気で考えたくなりますよね。
確かに…。データが持つチカラを見せつけられたような気がします。

「因果関係」がわかればロジカルに説明できる

いろんな可能性を秘めているデータは、先生にとっては“宝の山”のようなものですか。
そうですね。でも、そのままのデータでは何も見えてきません。何が検証できるか、どうやれば検証できるかという考え方を身に着けていかないといけません。
だから1年目に、データ分析の基礎を学ぶのですね。
そうです! 経済学にはデータ分析が欠かせないからこそ、最初にしっかり学んでおく必要があるのです。
1年目の「経済データ分析入門」では、データに“慣れる”ことから始め、エクセルなどのソフトを使って自分で実際にグラフを作成していきます。
さらに、できあがったグラフを見て、そこから「どんな結果が言えるか」を読み取るチカラを身につけるための考え方も学びます。
具体的にはどんな考え方があるのですか?
データから原因と結果の関係を推論する「因果推論」という考え方です。「因果関係」という言葉は聞いたことがありますか?
「因果関係」は、「2つの事柄のうち、ある一つの事柄が原因で、もう一方の事柄が結果である」状態。
「相関関係」は、「2つの事柄には何らかの関係がある」状態。
この「因果関係」と「相関関係」を混同してしまうと、誤った判断をしてしまいます。経済学では非常に重要な概念です。
因果関係を証明するには、「事実」と「反事実」の比較が必要です。「反事実」とは、「もし○○をしなかったらどうなっていたか」という、「たら・れば」のことを指します。
たとえば「朝ごはんを食べる学生は成績がいい」というデータがあるとしましょう。
「朝ごはんの摂取」と「成績」には、正の関係がありますので、このデータは相関関係を示しています。
もし、「朝ごはんを食べた」(原因)→「成績が上がった」(結果)、であれば、因果関係です。
でも、本当に因果関係があるのかを検証しようとすると、「朝ごはんを食べなかったときの成績」というデータも必要になります。これが反事実です。
「朝ごはんを食べた」という事実での成績と、「朝ごはんを食べなかった」という反事実での成績を比較して、「朝ごはんを食べた」ときの成績が上がっていれば、成績上昇の要因は、唯一の違いである「朝ごはんを食べた」ことが原因だ、とわかるわけです。
なるほど。例を出してもらえると理解しやすいです。
まだピンと来ない人も、授業内でさらにわかりやすく解説しますので安心してくださいね。
経済データをより身近に感じてもらうために、私の授業では実験も取り入れています。
学生たちをランダムに2つのグループに分け、りんごの広告を見せました。
Aグループには、税抜きで98円。Bグループには、税込みで105円。
両方のグループに「あなたは、りんごを買いますか?」と質問すると、買う比率は税抜き98円のAグループのほうが高くなりました。最終的に支払う税込み価格は同じ105円なのに! と盛り上がりました。
楽しそうです。まさに身近な行動経済学ですね。
楽しみながら、少しでも経済データに興味を持ってほしいなと。
今は国の政策では「EBPM(※)」とよばれる科学的根拠に基づく政策立案が求められています。データに基づき因果関係を明らかにし、政策の効果検証をすることが非常に重要になってきています。
効果検証はビジネスの現場でも重要です。広告やクーポン配布の効果検証だけでなく、社内で取り組む健康経営の施策の効果検証など、様々な場面でデータに基づく分析結果を意思決定に役立てることができます。数字が苦手…という人も先入観を持たずにトライしてみてください。意外な面白さを、ぜひ体感してほしいと思います。
※エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング